~ ウキウキ☆RaiseMeUp 内なる炎を燃やす魂実験房 ~
2007年03月31日 (土) | 編集 |
まだまだデトックス期間のようで。
昨日はまた師匠がしんみりしてっぽかったので、一人になってから意識を向けたら、いきなり泣けてきた。
なーんだ…師匠じゃなくて私が泣きたかっただけかー。
悲しいわけじゃなくて、なんか嬉し泣きに近いような…。

しかし、ちょい昔のスピリチュアルなデトックスといったら、
全身からどす黒い血をひたすらびゅーびゅー噴き出すのをイメージ
とかだったんで、涙ですませられるようになったのはいいことだ(笑)

話はまるで違うのですが。
ここしばらく、おもに楽天方面で「天使を見る時のフィルター」についての言及が盛んだったけれども。
書いている人は、自分はこうだけどみんながそうとは限らないよーという繊細な書き方をしてくれているとは思うんだけどね。

私としては、まだあまり理論的に定義づけしたくないな~と思う。

天使と繋がりたいと思うなら、具体的なイメージを思い描くのは大事なこと。
とにかく自分なりのイメージを持つ、初めは誰かの作ったイメージを借りたのでもいいからエネルギーレベルで「これは誰誰だ」というリンクを持てれば、見た目が変わっても「あ、誰誰さん」とわかるし、そのうち「あ、これは誰だか区別はつかないけど今繋がりたい相手だな」となっていくのだと思う。
どういうふうに見えているとその人のレベルが高いとか、低いとか、そういうことではないだろうと。

ちなみに私が宇宙ステーションで見る場合、相手が外見上の特徴を伴って現れるのは最初の1、2回だけで、あとは視覚イメージには訴えない、という傾向があるっぽい。
なんかいるな、ああ誰誰か。という具合。色すらついてない。大きさがわかる程度のもやっとしたかんじ。
でも頭の中で相手を思い描こうとすると、出てくるのは最初に見たイメージだったりして。

これはフィルター云々がらみの話にかぎらないのだけど、傍目から見てもこの人は天使と仲良くやってるなーと思える人が、他人からイメージを否定されるようなことで、傷ついたり、自分のイメージを疑ったりするのは、悲しいことだなー。
否定してる側には悪気や否定する意図はなかったりする場合もあるし、何でもない文章に勝手に反応してるってケースもあるかもしれないし、それも当人にとって必要な学びとかいってしまえばそれまでだけど、悲しいもんは悲しいんだからしょうがない。
天使好きなもん同士で何で否定しあわなきゃならないんだって思う。

見えるようになりたい、って思うのはいいけど、誰誰さんのように見えるようになりたい、と思うのはやめにしたいね。

「見たり聞いたりすることが目的じゃない、癒されたり気づきを得たり快適でハッピーに暮らすのが目的だろう?
その為に天使を利用しろっていうのに、逆に俺らをネタに悩むかね。
まあこんなふうに、考えまくってエネルギー重たくしてる時点でお前も他人の動向に囚われてるな。
見たいように見てりゃいいんだよ」
…とはメタさんの弁(笑)
そうだねえ。せっかくデトックスしたのに。
「でもきれいにしたあとだと、次の体験がより深く染みるだろ?
また掃除したらいいのさ。
そうやって代謝しながら生きていくのが人間だよ。
きれいなままでいたいから、何も食べないし何も見ない、ってのより、俺は好きだよ」

インターネット、特にブログの普及で、スピリチュアルへの理解は急速に速まったけど、諸刃の剣でもあるなー。
全てを鵜呑みにしないことだよなー。
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