~ ウキウキ☆RaiseMeUp 内なる炎を燃やす魂実験房 ~
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2010年08月19日 (木) | 編集 |
昨日夜帰宅して夕食を戴いていたら、食卓の隅にエックハルト・トールの本が置かれていて、ひるむ。
妹の本棚から親が借りたのだという。
うちではこの手のすぴすぴな話をしたりはしないのだけど、各自思うところあるのね。

で、これは「読め」というサインですね(笑)と。

めくってみた感じでは、すぐには「なるへそ!」とはならなくとも、あとからじわじわ来るかもしれない、という感じなので、読むというよりサーッと目を通すだけにした。

現在参考になりそうなのは、
「思考は、放っておきましょう」
という部分。

現実は自分の意識が作るものだ、というのは散々言われていることだけれど、無理くり意識をポジティブに持ってこうとすると、その別ベクトルの無意識がかえって育つことになったり、じゃあうんとネガネガでいると無意識はポジに傾くかというと、そういうわけでもなく。
やれ引き寄せだ手放しだノンジャッジだと、いろいろ仕入れるほどにわけわかんなくなる。
中庸を保つのが望ましいのだろうが、

それがすんなり出来てりゃ世話はないんだよ

となる。

ACIM的な、イエスキリストのチャネで出てくる「この世はエゴの夢である」とかも、
それを教わったからって「でっていう」
この世が夢だから明日から会社行かないでいいか、あるいは会社が超楽しくなるか。って話でしてね。

まあ、下手に考えるからハマるのであって。。。
ポジティブに!とか操作しようとするよりは、放っておく、の方が良さそうではある。
しかし、それって「内なる声を無視する」のとは違うの?

よく言う「ハートの声を聞く」「ハートをオープンにする」というのも、未だにピンと来ない。

過去、ハートを開こうとする行為であまりいい結果にならなかったというのもある。

ハートの声というやつは思考の形態を取らないということでOK?

何にせよ、この「思考、感情コントロール」(コントロールというのも語弊があるか。。。)、やってみてもいいのかも。
何かぐるぐると考えが発生したら、その時点で観察モードに入るようにする。
瞑想のテクニックで思考をラベリングするっつうのがあったと思うけど、そんなようなもんかな。

何か呪文みたいなのがあるとやりやすいかな。
ってことで呪文は「ホゲホゲ」に決定(笑)

あー明日の仕事はああしてこうして。。。「ホゲホゲ」
だいたいあの件はあいつが「ホゲホゲ」
このニュースって「ホゲホゲ」

。。。うん。いい悪いは置いといて、ホゲホゲしてしまえば少なくともジャッジしたりループしたり変にへこんだりということはなくなる。
掘り下げたいところは掘り下げればいいし、その際にも余計な思考が入り込んだらホゲホゲ。
能動的にやれるという意味ではいいのかな。

にしても何でホゲホゲ?と思ったら、そういえば本のなかで、放っておく=「放下」とあった。
ホゲホゲ=放下放下
なのか?(笑)
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