~ ウキウキ☆RaiseMeUp 内なる炎を燃やす魂実験房 ~
2012年02月12日 (日) | 編集 |
支配星である土星が逆行中だそうで、内省・内観の時期ということで、もにょもにょと考えごとが多くなっております。

スピ系でよく言われる「手放す」ということについて、ぽつぽつ思いついたことがありました。

よく「ネガティブな感情」や「不要な思い込み」を「手放しましょう」とか言われると、よくやってしまっていたのは、懸命に、
目の前からなくそうとしたり
遠くへ押しやろうとしたり
光へ還そうとしたり
しかし、これはよく考えたら「手放し」ていることにはならないなーと思ったのでした。
ことあるごとに、その手放そうとしている対象を、ひっつかんではぶん投げるみたいな行為?
これは逆効果なのではないか。

むしろ、あってもいいしなくてもいい、みたいな態度の方が、「手放している」っぽいのではないかと。

しかしこれだと「見て見ぬふりをしている」「向き合っていない」状態とは違うの?という疑問もあり……


そんなことを、相変わらずムニムニ考えていた時に、ふと別の思い付きが。


例えば、私が世界を見る時、水晶玉を覗くような形で見ていたとする。

他の人も、私と同じ世界を、同じ水晶玉を通して見ているのだけど、その人の角度から見ると、私からは見えないクラックや、内包物や、虹が、たまたま見えているかもしれない。

そういう、同じ世界を同じ水晶で見ている相手と会って、自分の見ている世界を語るということは、自分の見ている角度を見せるために、相手に向けて水晶玉をぐるっと回転させて見せるようなことかもしれない。

そうすると、こちらから見る水晶玉の角度も変わるわけで、
あれっ?他の人から見ると、同じ世界もこういう風に見えるのか……
と、お互いに発見をしたりする。


と、そこまで考えて、そうか、「手放す」も同じようなものか……と。
水晶玉を、両手でぎっちり握り締めていたら、一方の角度からしか常に見れないけど、別の角度に回転させてみるには、やっぱり一旦手を放すのだ。

手を放して、その水晶玉をくるくるいろんな角度から見て、「なるほどね」と腑に落ちたら、その水晶玉が手元にあってもなくても、気にならなくなる。
そうなった時、ネガティブな感情なり、不要な思い込みなりのもとであった水晶玉も、自然と光に還っているんじゃないかと。

「手放す」ということは「見方を変える」と言い換えてもいいのかもしらんね。と思ったのでした。

そういや、昔出たワークショップの講義で、人が生まれてくる目的というのは、もと居た「オーバーソウル」だか「(シータヒーリングでいうところの)第7層」に「経験」を持ち帰るためであり、何度も同じテーマを持って転生したりする場合は、そのテーマに関する「見方の変化」を持ち帰ることが目的である、というような説明を受けたのを思い出しましたよ。




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コメント
この記事へのコメント
No title
おぉ…これまた。。。
私に対するアドバイスですか?ってくらい
ナイスなタイミングの記事ですよ。
「見方を変える」かぁ。なるほど。
2012/02/13(Mon) 15:05 | URL  | のんにゃん #-[ 編集]
No title
>のんにゃんさん
おお、タイムリーでしたか。
図解描いてアップしようかと思ったんですけど
時間がかかりそうだったので文だけにしたです…
〆切があったのか?w
2012/02/13(Mon) 15:58 | URL  | 楡居 #-[ 編集]
No title
こんにちは^^いつもいろんなヒントを戴いてます。
ワタシにもタイムリーな記事でして、ありがとうございます。
2012/02/13(Mon) 18:44 | URL  | 虹 #-[ 編集]
No title
>虹さん
こちらこそ、ありがとうです^^
おお、虹さんもタイムリーでしたか……
なんか早めに書いときたいと思った記事はやはり〆切があるのですね(笑)
2012/02/13(Mon) 18:55 | URL  | 楡居 #-[ 編集]
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